内部監査人への圧力
はじめに
日本の内部監査協会のCIAフォーラムでは定期的に『内部監査部門の成熟度調査』を行い、独自の成熟度基準と現状の対応について、調査しています。各設問ごとにレベル0(対応する活動がない)~レベル5(プロセスが改善されている)までのどれに自部門が該当するかを回答していきます。
この中に『被監査部門との関係における内部監査人の精神的な独立性』、つまり圧力に対してどのくらい立場を保持するかを問う質問があります。第3回調査の質問文を引用します。(太字は筆者)
L0:内部監査部門の全員、あるいは大多数が被監査部門と兼務しているなど一体となっており、内部監査人には独立性がない。
L1:内部監査人は、被監査部門からの要求、圧力によってその意見形成が頻繁に変更されている。
L2:L1とL3の中間
L3:職業倫理規定、基準、内部監査規程等が整備され、内部監査人の教育指導もなされているが、内部監査人は被監査部門によっては遠慮をしたり、暗黙の圧力を受ける場合もある。
L4:L3とL5の中間
L5:内部監査人の精神的な独立性を維持するため、職業倫理規定、基準、内部監査規程、教育指導内容等が定期的に見直され、継続的に改善がなされている。被監査部門とは客観的な監査の発見事項に基づき、建設的な意見交換の中で、将来のリスク低減のための施策が協議されている。
出典:「CIAフォーラム研究会 『内部監査の成熟度』に関する調査結果報告<第3回>」(月刊監査研究 2016.5)
www.iiajapan.com/pdf/kenkyu/a01_1605_0.pdf
この成熟度評価では大体L3が一般的な内部監査部門のレベルをイメージしているようです。実際にこの2014年に実施された調査では平均3.6となっており全体の設問の中ではかなり高い部類です。しかし実は前回(2011年)調査から0.4ポイントダウンと大幅に下がった項目なのです。
恐らくJ-SOX制度の余波が残り一定の監査必要性が言われた時期から一服し、監査がやや煙たがられてきたということでしょうか。
しかし、この「遠慮」「暗黙の圧力」を受けるのがL3つまり普通水準というのはいかに圧力を受ける傾向があるか、ということを示唆していないでしょうか。筆者の個人的な感想ではL1~2の企業も珍しくないと思います。
内部監査の業務遂行に立ち塞がる様々な圧力
内部監査は組織的、精神的な独立性が必要とされています。指揮命令を受ける相手、評価権のある相手に問題指摘は出来ないですよね。そのため業務執行ラインから外れ、社長直下の部門として配置されることが一般的です。
しかし、監査の現場では様々な人達から圧力やプレッシャーが掛けられます。典型的なパターンをご紹介します。
事業責任者からの圧力
先ず被監査部門の責任者からの圧力があります。
特に収益貢献度の高い営業系部門などは、監査の結果に対して、不満とともに次のような意見が出ることがあります。
- 「こんな指摘をされたら現場は困る」
- 「今の取り組みや今後の改善予定が反映されてない」
- 「売上に影響が出る」
またこれ以前に「監査対応など忙しいからできない」と監査の受け入れ自体に難色を示すケースもあります。
もちろん監査の指摘と改善は費用対効果を考えなくてはなりませんから、内部監査人の見識が浅く過剰な対応を提案しているなら、これらの意見は妥当かもしれません。
しかし単に慣習を変更したくない、監査に対する感情的な反発からこうした意見が出ることもあります。この場合は、リスクとコントロールのバランスや改善による効果の説明などに意を尽くす必要があるでしょう。またより上のレイヤと相談するなどの方法があります。
社長、役員からの圧力
次に、内部監査を管掌する社長や担当役員(CFOなど)自体から、プレッシャーを掛けられることがあります。
事業成長や収益を優先する、内部監査能力への不信感がある、内部統制などの守り領域を重視しない役員は少なくありません。
事業責任者とは異なりガバナンスの知見もある方が多いので頭から否定はしないものの、
- 「これ本当にやる必要あるの?」
- 「監査は最低限のルール守っているかだけ見ればいいよ」
- 「現場を困らせないでね」
といった表現で、内部監査の活動を消極的な方向に萎縮させてくることがあります。
前述のとおり内部監査が過度に形式的だったり、費用対効果を度外視していたり、リスクアプローチの計画になっていないなど内部監査部門自体に手落ちがある場合もあります。
が、それほど合理的でない心証、経営姿勢や性格からの圧力もあります。現実的には役員、特に社長が内部監査に否定的な場合、これを覆すことは事実上不可能です。
教科書的には「監査役会」「監査等委員会」に報告・相談する方法が紹介されますがこれを行うのは、内部監査部門長にとっては更迭のリスクを覚悟せねばならない上に、監査役や監査等委員も社長と争うことは及び腰になるのが普通です。
内部監査部門長からの圧力
最後は内部監査部門の責任者自身です。
社内の定期異動で希望せず着任したり、或いは内部監査の部門に長く居続けた責任者は、業務への熱意や意欲に乏しく、問題を見つけて改善することよりも、相手を刺激しないこと頭が向いてしまうことがあります。
- 「改善が現実的には難しいから、このタイミングで言うのはやめよう」
- 「部門の納得感が得られないんじゃないか」
- 「もっと出来ているところも強調しよう」
残念ながら内部監査での成果やパフォーマンスは評価しにくい面があります。部門長は予定した監査計画の達成やハレーションを起こさない(安定的な業務遂行)などが評価されることも多くあります。
合理的でない萎縮した姿勢ならば、内部監査の存在意義に関わりますが、部門と対立すると時間的にも労力的にも負荷になるため、リスクや問題を述べることは内部監査部門長のインセンティブにならないケースも少なくありません。
本当に会社にとって重要な問題が握り潰されそうならば、内部通報などの窓口と相談することも考えられますが、自身の立場を危うくするリスクは否めません。
また、内部監査部門が内部通報の運営をしていることもよくあります。
総じて部門長の意向を無視したり変えたりするのは極めて困難といえるでしょう。
最後に
繰り返すようですが、独立性を立てにして現場が実現不可能な改善提案に固執したり、狭いものの見方を絶対視するようなことは内部監査人としてはあってはならないことです。相手の正当な意見やクレームには真摯に耳を傾けなければなりません。
他方で明らかに独立性を侵害するような不当な圧力があるケースがあるのも事実です。残念ながら一社員である内部監査人がこれを跳ね返すことは不可能に近いことです。また、内部監査人自身も犯罪や社会的に影響ある不祥事でない限り会社組織の職務分掌や権限といったルールの尊重は必要である側面もあります。
内部監査部門に長く居た人間なら「内部統制で最も重要なのは『統制環境』」という基本の知識が骨身に染みて理解できるでしょう。 内部監査という仕事を選ぶならば、経営姿勢や企業理念、規範意識など統制環境の良い会社にいたいものです。
【参考】その他内部監査の諸課題、現場のリアルな悩みやその対処についてまとめた記事があります。良ければ合わせてお読みください。
投稿者プロフィール
- J-SOXバブル時に内部統制コンサルに。以来通算13年間内部監査・内部統制・リスクマネジメント・セキュリティ業務に従事しています。
自身の学びも兼ねて、縁があって内部監査を始めよう/既にしている方達に少しでも役に立つ、現場の情報をお伝えしたいと思います。
【保有資格】
・公認内部監査人(CIA)
・公認情報システム監査人(CISA)
・内部統制評価指導士(CCSA)
・公認情報セキュリティマネージャー(CISM)
・Certified Data Privacy Solutions Engineer(CDPSE)
【所属】
・日本内部監査協会会員
・ISACA東京支部会員