新型コロナ影響下での人事・労務リスク対応-IIAレポートの知見-

目次

はじめに

国内で緊急事態宣言が最初に発令されてから既に3週間以上経過しました。現在は宣言範囲も全国に広がり、5月連休の強い外出自粛要請が行政や自治体から出されています。

現時点では緊急事態宣言は5月6日までとなっていますが、新型コロナウイルスの感染拡大は終息の見通しはついておらず、さらに対応が長期化する可能性も少なくありません。

ビジネス面での事業継続リスクや業務運用でのセキュリティ等のリスクももちろんですが、企業目線では、「ヒト」に関するリスクも見逃せません。

内部監査人としては、監査をする/しないに関わらずどのような観点からこのリスクを捉えればよいでしょうか?

※5月4日追記 緊急事態宣言は5月31日まで延長されました。

検討課題とその対応-IIAレポートの知見-

この問いに対する内部監査人の視点を考えるうえで参考となる短いレポートがIIAから公開されています。下記リンクは日本の内部監査協会が和訳したものです。

「パンデミック:社会距離戦略について考慮すべきこと」(2020/3 IIA会報)
http://www.iiajapan.com/pdf/iia/info/20200326.pdf

※参考:原文レポート
https://global.theiia.org/knowledge/Public%20Documents/IIA-Bulletin-Pandemics-Considerations-for-Social-Distancing.pdf

このレポートにある『健康に関する組織体の方針と手続を評価するための一般的な質問』にある10個の質問をベースに、日本の内部監査部門の担当者として新型コロナ影響下での人事・労務等のリスクついてどのような考慮をすべきか、確認すべき事項は何かを考えてみたいと思います。

※あくまでも一内部監査人の考察です。利用や適用においては必ず各社状況や政府等公的機関やそれに準じる団体からの公式の発表を踏まえてご検討ください。

※「社会距離戦略(Social Distancing)とは、感染症の拡散を抑制する対策として、人と人との距離を開け、接触機会を減らすこと。」です。

質問①:『組織体には、長期欠勤や長期障害に関してどのような方針があるか?』

基本的には「就業規則」及び新型コロナに関連して規定する社内での特例措置等から、法令に抵触せずかつ社員の著しい不利益とならないような制度設計がされているかの確認が考えられます。

・「就業規則」における休職制度の有無、適用範囲・適用条件・手当支給(感染症に罹患して入院する場合)
・PCR検査が陽性だが症状が出ず自宅待機する場合、法令に基づく協力依頼や要請により休ませる場合等の休業手当の水準、休業日、休業時間

・家族に感染者が発生した場合の介護、看護休暇の取り扱い
・派遣社員、契約社員等の非正規雇用者との取り扱い差異、及びその合理性
・新型コロナ対応の一環としての上記に関する特例措置・臨時措置の検討状況

基本的には労働基準法上の休業手当の要否や休業の規定を踏まえつつ、法令上の違反でなくても今回事象の特性を踏まえレピュテーションリスクとならない休暇と手当等に関する制度設計がされているかを検討してはいかがでしょうか。

厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」に規定された指針が参考になると思います。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html

[質問①原文]
What existing policies does the organization have relating to long-term absence/disability?

質問②:『主要従業員または相当数の従業員が長期欠勤すると、事業目標にどのように影響するか?』

キーパーソンとなる役職者や多数の従業員が、物理的に就業できない場合は当然に担当業務の継続が困難になり、事業上の目標達成に影響します。また当人でなくても家族の発症に伴う看護等のために欠勤か生じることも考えられます。

この質問は新型コロナ固有の問題というより、一般的な事業継続における人的リスクとして捉えられてきたものに通じる面があると考えます。

事業継続上の重要業務とそれを支える人的リソースの質的・量的側面について検証したうえで、当該リソースの不足により優先度の高い業務の継続性・品質・作業納期にどのような影響を受けるかを検討することが考えられます。さらに今回の場合は、業務の優先度評価において政府動向、監督官庁等の指導や要請も考慮する必要があるでしょう。

また優先度評価の結果として縮小・中断する業務についても、停止の可否・影響を考慮が必要と考えます。

[質問②原文]
How would the long-term absence of key employees or a significant number of employees affect business objectives?

質問③:『新型コロナウイルスや他の感染症の症状を示す従業員を扱う手順を議論しているか? この手順は、方針の中で要点が説明されているか?』

社員向けの感染症に対する行動基準やルールについて確認しましょう。

例えば、体調不良時には勤務せず休むことを明記しているか、就業中に発熱等の症状が出た者が出た場合の取り扱い(即時の帰宅・消毒等)等についてです。

特に後者の場合は感染拡大防止の担当者が設置されているかもポイントなるでしょう。

[質問③原文]
Has the organization discussed procedures for dealing with an employee who presents symptoms of COVID19 or other communicable diseases? Is this outlined in a policy?

質問④:『組織体は、新型コロナウイルスや他の感染症の症状を示す従業員の健康状態を同僚がモニタリングするための手順を議論しているか?』

プライバシーに関する配慮は忘れてはなりませんが、体調不良者の発生やその内容について把握するための仕組みがどのように整備されているかを確認しましょう。特にマネージャー等の管理職の役割が重要になると考えられます。

また、4月29日に厚生労働省から「緊急性が高い症状のチェックリスト」が公表されています。PCR検査が陽性で自宅待機をしている社員等にも共有し、該当する場合はすぐに医師等に申告するよう案内する等の措置も望ましいと考えます。

参考:「新型コロナウイルス感染症の軽症者等に係る宿泊療養・自宅療養における健康観察における留意点について」(厚生労働省)
www.mhlw.go.jp/content/000625758.pdf

[質問④原文]
Has the organization discussed procedures for monitoring coworker health should an employee present symptoms of COVID-19 or other communicable diseases?

質問⑤:組織体は、職場の消毒手順について議論しているか?

オフィスビル等に入居する場合は管理会社の方針によると思われますが、施設に対する定期的な消毒と感染者等が発生した場合の消毒手順・対象について検討をしているか、またその方法と根拠を確認しましょう。

【検討事項の例】
・消毒対象:机、ドアノブ、スイッチ、階段の手すり、テーブル、椅子、エレベーターの押しボタン、トイレの流水レバー、便座等
感染者が発生した時は上記に加え、執務エリア・利用会議室の床・天井・執務机・椅子等
・消毒の頻度:基本的に最低1日1回等
・消毒方法:使用する消毒剤、消毒後の備品の取り扱い、実施者等

参考:「新型コロナウイルス情報企業と個人に求められる対策」(日本渡航医学会 産業保健委員会/日本産業衛生学会 海外勤務健康管理研究会)職域の消毒より
plaza.umin.ac.jp/jstah/pdf/coronavirus08.pdf

・環境の消毒
 ドアノブ、階段の手すり、エレベーターの操作盤などを定期的に消毒(清拭)する。
 アルコール消毒液(70%〜80%)もしくは次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)を用いる。
 消毒の際は適切な個人保護具(マスク、手袋等)を用いること。
・発熱者が発生した場合
 (発熱の原因を問わず)発熱者の執務エリア(机・椅子など)の消毒(清拭)を行う。
 消毒範囲の目安は、発熱者の執務エリアの半径 2m 程度、トイレ等の使用があった場合は該当エリアの消毒を行う。

[質問⑤原文]
Has the organization discussed procedures for disinfecting work areas?

質問⑥:組織体は、健康関連の破壊的事象の発生中に主要なサプライヤーが生産制限や閉鎖をする場合に備えて、どのような計画を立てているか?

キーサプライヤーに感染者が発生する等して業務が中断・施設が閉鎖等になることが想定されます。

当該サプライヤーから提供される製品・サービス等の内容に応じた、代替調達先・自社内での臨時生産・対応を検討しているか確認しましょう。特に自社の優先とする業務提供上、不可欠なリソースが当該サプライヤーにより供給される場合はより重要です。

この質問に関してはパンデミック固有の内容でなく事業継続上のサプライチェーンリスクの考え方が応用できるでしょう。

[質問⑥原文]
What plans does the organization have should a key supplier limit output or shut down during a health-related disruptive event?

質問⑦:『組織体は、複数の経営幹部が新型コロナウイルスや他の感染症に罹患した場合においてもアカウンタビリティを果たすために、既存の「経営幹部に関する方針」をどのように変更したか?』

英国ではジョンソン首相が新型コロナに罹患して自宅隔離になっていることが報道されていました。

必ずしも症状がでないケースあるとされますが、CEOを始めとする各執行役員が新型コロナに罹患して職務指揮を取れないケースは想定する必要があるでしょう

こうした際は、上位者から順に職務の代行権限者及び執行範囲を定める、意思疎通・連絡不通時の基本的な対応措置を検討する等の対策があります。当該措置・ルールの整備状況について、検証することが考えられます。

[質問⑦原文]
How has the organization altered its existing “key personnel” policies to account for multiple key leaders being exposed to COVID-19 or other communicable diseases?

質問⑧:『回復期にある従業員を元の職場に復帰させるための手順は議論されているか?』

厚生労働省によれば、感染者の退院基準は下記となっています。

①24 時間発熱(37.5℃以上)が無いこと
②呼吸器症状が改善傾向であること
③1回目のPCR検査が陰性、その12時間後に実施したPCR検査も陰性であること


「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第1版」退院等の基準 より
https://www.mhlw.go.jp/content/000609467.pdf

会社としては少なくともこの退院基準が満たされていることを確認することが必要と思われます。

また、退院後再度陽性反応を示すことも上記手引きには記載されており、『退院後 4 週間は一般的な衛生対策に加え健康観察が求められます。』と同手引きにも規定されています。
このため当該社員は少なくとも1週間は自宅での待機又は在宅勤務として、どうしてもやむを得ず出社が必要な場合は、当該理由の厳格な判定と感染対策のうえで可否を判断することが求められるでしょう。

こうした観点を踏まえた、業務への復帰手順が整備されているかを確認しましょう。

[質問⑧原文]
Have procedures been discussed for reintroducing recovering employees back into the traditional office setting?

質問⑨:『健康関連の破壊的事象が発生している間の、公共交通機関の利用に関する組織体の方針はどのようなものか?』

前提として外出自粛と在宅勤務に関する強い要請がある状況のため、外出して行う業務自体の必要性・妥当性に関する厳格な判断基準と承認手続があるかを検討すべきでしょう。

そのうえでどうしても外出が必要と判断される場合でも、適切なリスク低減措置があるかを確認することが望ましいです。
例えば公共交通機関以外の代替移動手段(自家用車等)の検討ができないか、やむを得ずバス・電車等を利用せざるを得ない場合もオフピーク出勤の推奨やマスクの着用等の措置を規定しているか確認しましょう。

[質問⑨原文]
What is the organization’s policy regarding the use of mass transit during a health-related disruptive event?

質問⑩:『従業員の精神的問題や金銭的問題を支援するために、どのような支援プログラムが実施または強化されているか?』

4月はただでさえ入社・異動・退職等の組織変化があり、環境に適応するためにストレスが生じる時期です。

経済情勢の悪化や事業環境の厳しさが増す中での将来的な不安、現在はテレワークの推奨やマスク着用、外出自粛等により仕事でもプライベートでも相対的にコミュニケーションの減少により、さらに強いストレスが加わります

こうしたメンタルケアのためには、人事部門側での状況モニタリングや声掛け、産業医等への特別相談窓口の整備等の対策が考えられます。

また金銭的な面では、休業依頼や要請を受けて営業を自粛する場合での休業手当等の補償提供プログラムが考えられます。

一定の要件を満たせば雇用調整助成金の支給があり、さらに雇用維持する企業には助成率の引き上げの特例措置があります。こうした国の制度も積極的に活用して社員の経済的なケアをすることも極めて重要と考えます。

内部監査としても、こうした物心両面の支援体制についての整備状況を確認することが望ましいです。

[質問⑩原文]
What types of employee assistance programs have been implemented or reinforced to assist employees in dealing with emotional or financial challenges?

最後に

新型コロナ感染症がもたらす未曾有の社会・経済影響は今後もしばらく続くと見られます。事業の存続には人的な基盤、つまり社員の精神的・身体的・経済的な健康が欠かせません。

事業継続の観点から内部監査部門としての貢献を検討するうえで、本記事が少しで参考になれば嬉しいです

【参考文献】
「パンデミック:社会距離戦略について考慮すべきこと」(2020/3 IIA会報)
http://www.iiajapan.com/pdf/iia/info/20200326.pdf

「PANDEMICS: CONSIDERATIONS FOR SOCIAL DISTANCING」(2020 March IIA Bulletin)
https://global.theiia.org/knowledge/Public%20Documents/IIA-Bulletin-Pandemics-Considerations-for-Social-Distancing.pdf

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第1版」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000609467.pdf

「新型コロナウイルス情報企業と個人に求められる対策」(日本渡航医学会 産業保健委員会/日本産業衛生学会 海外勤務健康管理研究会)
http://plaza.umin.ac.jp/jstah/pdf/coronavirus08.pdf

「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html

「新型コロナウイルス感染症の軽症者等に係る宿泊療養・自宅療養における健康観察における留意点について」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000625758.pdf

「金融機関等におけるコンティンジェンシープラン策定の際の手引書(第3版)」(金融情報システムセンター)
https://www.fisc.or.jp/publication/howtobuy.php

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投稿者プロフィール

ネット企業の監査人
ネット企業の監査人ネット系事業会社 内部監査室 室長
J-SOXバブル時に内部統制コンサルに。以来通算13年間内部監査・内部統制・リスクマネジメント・セキュリティ業務に従事しています。

自身の学びも兼ねて、縁があって内部監査を始めよう/既にしている方達に少しでも役に立つ、現場の情報をお伝えしたいと思います。

【保有資格】
・公認内部監査人(CIA)
・公認情報システム監査人(CISA)
・内部統制評価指導士(CCSA)
・公認情報セキュリティマネージャー(CISM)
・Certified Data Privacy Solutions Engineer(CDPSE)

【所属】
・日本内部監査協会会員
・ISACA東京支部会員
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